日本遺産に認定された相良700年の歴史

2015年04月24日人吉球磨10市町村の文化財群が、文化庁より「日本遺産」に認定されました。
相良700年歴史を受け継ぐ「人吉球磨」は、幾度の戦や自然災害からも、神憑り的に守られた41の有形・無形の文化財群です。今もなお人吉球磨の現在の暮らしのなかに脈々と受け継がれ、この地域の日常の風景として溶け込んでいます。

人吉城跡

人吉城跡

相良家700年の居城・人吉城は別名繊月城と呼ばれていました。 球磨川と胸川を天然の外堀とした中世の山城の形態。 水の手橋付近の石垣のはねだし(武者返し)の建築様式は、全国的にも珍しいので国指定史跡に指定され日本百名城に選ばれています。

青井阿蘇神社

国宝 青井阿蘇神社

大同元年(806年)創建。中世人吉球磨地方の独自性の強い建築様式の中に、彫刻や彩色などにおいては華麗な桃山期の装飾性を取り入れているのが特徴です。国指定重要文化財の青井阿蘇神社(本殿・廊・幣殿・拝殿・楼門)の五棟社殿群が熊本県に現存するものとしては初めて国宝に指定され、国内でも最南端で茅葺の社寺建築としては全国で初めての国宝となります。

◎楼門:上層の隅木下には「人吉様式」と呼ばれる神面が取り付けられており、全国的にも類例がありません。

曹洞宗 永国寺

曹洞宗 永国寺

ゆうれい寺として知られ、この寺の創立者 実底和尚が描かれたと言われる『ゆうれいの掛軸』が残されています。 ほかに、境内には人吉・球磨地方で最も古い五重石塔(現在四重)がある。また、明治 10年の西南戦争の際 西郷隆盛の本陣として滞在。その時に本堂などが焼失したため明治24年に再建されている。